好きな言葉:一志一道  
 
若林 正俊

〜ファイナンス(財務省広報)平成14年8月号より〜

出典は知らないのですが、最近私は揮毫を依頼されると私の好きな人生訓、「一志一道」と書いています。

 人生は一回しかありません。生まれ、育てられ、学び、遊び、働き、人と交わりながら老いてその生涯を閉じます。人の生き方は、さまざまですが、自分の願望どおりに生き抜くことは難しいことです。得意の時もあれば失意の時もあります。悩み、苦しみ、喜びや悲しみを体験しながら、今日一日を積み重ねて生きています。

 小学生の頃、学芸会といえばチルチル・ミチルの「青い鳥」が定番でした。中学生の頃は、「少年よ、大志をもて」とよく訓示されました。私は、この訓示には心のどこかに抵抗を感じていました。それは、明治以来の「末は博士か大臣か」という立身出世主義への反撥だったように思います。ところが、最近、北海道大学OBの友人から、このクラーク博士の「ボーイズ・ビー・アンビシャス」のあとに、次のような言葉が続いていたのだと教えられました。
 「青年よ大志をもて。それは金銭や我欲のためにではなく、また人呼んで名声という空しいもののためであってはならない。人間として当然そなえていなければならないことを成しとげるために大志をもて」というものです。

 そこで若干調べてみると、クラーク博士が札幌農学校を去るにあたり見送りの教え子たちに馬上からこのような檄を送ったというのには若干無理があるようです。しかし、明治8年、新生日本の青少年教育のために乞われて札幌農学校を創設したクラーク博士が、アメリカ建国の精神であるピューリタリズムを基本とした人間教育を畳み込んだことは、その謦咳に接して大志を抱き、生涯それに殉じた内村鑑三、新渡戸稲造、大島正健などの人生を思えば、納得できるのではないでしょうか。

 私は、多感な少年時代を信州の貧しい農村でのびのび、すくすく育ちました。今でも父母や親類、恩師に感謝しています。どこの親もそうでしょうが、母はとりわけ教育熱心でした。でも、いわゆる教育ママではなく、人を押しのけて自分だけイイ子になるのを諌め、「人の幸せを羨むのではなく、人に幸せを分けてあげるような人になりなさい」というのが口ぐせでした。私が大学を出て農林水産省に入省したのも、政治の道を選んだのも、いつの間にか心に刻まれた母の気持ちだったような気がします。

 森内閣における教育改革の柱として、社会奉仕活動の体験教育の重要性が取り上げられています。学校教育のカリキュラムに取り入れて推進すべきだと思います。同時に大切なことは、子供達のお手本になる親や先生や大人達の生き方ではないでしょうか。一回しかない人生をどのように生きるか、子供達は生活を通じて見ているからです。使命感などと型苦しいことではなく、自分なりの生き方の規範を心に定め、それを志として持ち続けること。子供達はそこから生きる力を身につけ、自分なりの「大志をもつ」ことになると思うのですが、いかがでしょうか。
 

 
 
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